病気になったとき、多くの人が一度は考えることがあります。
「なぜ自分が病気になったのだろう」
それまで普通に生活していたのに、突然身体が思うように動かなくなったり、痛みや不安を抱えるようになったりすると、その理由を知りたくなるのは自然なことです。
しかし、その問いはとても難しい問いでもあります。
医学的には、病気にはさまざまな原因や発症の仕組みがあります。
遺伝的な要因、免疫の働き、感染、生活環境、加齢、身体的な負担など、ひとつだけでは説明できないことも少なくありません。
だからこそ、「自分の考え方が悪かったから病気になった」と考える必要はありません。
病気になったことを、自分自身の責任として背負い込まなくてもいいのです。
それでも、「なぜ病気になったのか」と考えることには、別の意味があるのではないでしょうか。
それは病気の原因を自分の心のせいにすることではなく、病気になった今の自分が、これからの人生をどう生きるのかを考えることです。
そのことを考えるうえで、とても興味深い人生を歩んだ人物がいます。
その人が、アメリカの作家でありジャーナリストでもあったノーマン・カズンズさんです。
カズンズさんは1915年に生まれ、長く雑誌「Saturday Review」の編集者を務め、世界平和にも積極的に関わった人物でした。
そして1964年、カズンズさん自身が激しい痛みを伴う病気に襲われます。
その病気は一般に強直性脊椎炎として知られており、身体を動かすことも非常に苦しい状態になりました。
カズンズさんは、その闘病体験を後に「Anatomy of an Illness」という著書や論文にまとめています。
その中でカズンズさんは、自分自身の病気と向き合いながら、心と身体の関係について考えていきました。
ここから、カズンズさんの人生は大きく変わっていきます。
病気になったとき、「なぜ自分なのか」と考えてもいい

病気になると、「なぜ自分だけが」と思ってしまうことがあります。
それは決して弱いことではありません。
痛みがあれば、痛みの理由を知りたくなります。
不安になれば、不安の原因を探したくなります。
そして、自分の人生を振り返ることもあるでしょう。
「あのとき無理をしたからだろうか」
「もっと違う生き方をしていればよかったのだろうか」
「あの出来事には何か意味があったのだろうか」
そんなことを考えるかもしれません。
でも、ここで大切なのは、「なぜ病気になったのか」という問いと、「自分が悪かったのか」という問いを同じにしないことです。
この二つは、まったく違います。
病気の原因を考えることは、自分を責めることではありません。
むしろ、自分の人生をもう一度見つめるきっかけになることがあります。
病気になったからこそ、それまで当たり前だと思っていた健康のありがたさに気づく人もいます。
家族や友人の存在が、以前とは違って見えてくる人もいます。
仕事だけが人生ではなかったと気づく人もいます。
そして、「自分はこれから何を大切にして生きたいのだろう」と考え始める人もいます。
だから私は、「なぜ病気になったのか」という問いを、病気の原因探しだけに終わらせなくてもいいと思います。
その問いを、「これから私はどう生きたいのか」という問いにつなげてもいいのです。
病気の中に、人生からの問いかけがあるのかもしれない

ここから先は、医学だけでは簡単に答えられない領域になります。
病気には、医学的な原因があります。
しかし、人間はそれだけでは生きていません。
「自分は何のために生きているのだろう」という問いがあります。
だから、病気になったときに、「この病気には何か意味があるのだろうか」と考えること自体は、決して悪いことではないと思います。
それでも長い人生の中で振り返ったとき、「あの病気を経験したからこそ見えるようになったものがあった」と感じることがあるかもしれません。
その可能性を、私は大切にしたいと思います。
さらに深く考えていくと、こんな問いも浮かんできます。
「私たちの人生には、人間の知識だけでは理解できない大きな力が働いているのではないか」
宗教では、それを神と呼ぶことがあります。
別の考え方では、宇宙の意識と呼ぶこともできます。
自然の大きな循環や、生命そのものの不思議さとして捉える人もいるでしょう。
もちろん、病気に対して神の意志によって起こるとか、宇宙の意識が病気を与えているということ「神の意志」・「宇宙の意識」が、医学的に証明されているわけではありません。
人間の身体と心は、本当に完全に切り離されたものなのだろうか。
希望を持つことには、身体に何の影響もないのだろうか。
愛されていると感じることや、生きる目的を持つことは、人間の身体にとって本当に何の意味もないのだろうか。
こうした問いから、心と身体の関係を科学的に研究する分野も発展してきました。
カズンズさんは後にUCLAに関わり、心理状態や感情、脳、身体、免疫系などの関係を研究する方向へ大きな影響を与えました。
現在のUCLAのカズンズ・センターでも、脳と身体、心理的な状態、免疫系などの相互作用が研究されています。
これは、とても興味深いことではないでしょうか。
「心が身体に影響する」という昔からの感覚的な考えを、科学は少しずつ研究対象として扱うようになったのです。
そのうえで、人間の心や希望、生きる目的が、健康や回復の過程とどのように関係しているのかを考えることには意味があります。
カズンズさんが見つけた「笑い」という力

そして、ノーマン・カズンズさんの名前を世界中に知らしめたものの一つが、「笑い」でした。
病気になったカズンズさんは、笑うことに大きな意味を見いだしていきます。
マルクス兄弟の映画やテレビ番組の「Candid Camera」などを見て、意識的に笑う時間をつくりました。
カズンズさんは、笑った後に痛みが一時的に和らぎ、眠りやすくなったという体験を記録しています。
そして、その体験を単なる個人的な体験で終わらせず、「心と身体にはどのような関係があるのか」という問いにつなげていきました。
ここで大切なのは、「笑えば病気が治る」という話ではないことです。
カズンズさん自身も、医学的な治療の代わりに笑いだけを使えばいいと主張したわけではありません。
むしろ、後にUCLAで進められた研究の考え方では、希望や生きる目的、前向きな感情などは、適切な医療の代わりではなく、治療を支える環境の一部として考えられています。
私は、ここに「笑いの力」の本当の意味があるように感じます。
笑いとは、病気をなかったことにするものではありません。
痛みを無理やり忘れることでもありません。
「私は病気なんだから笑ってはいけない」と、自分の人生から笑いを追い出さなくてもいいということです。
病気の中にいても、笑っていい。
病気のことを考えながら、楽しい時間を持っていい。
治療を受けながら、好きな映画を見てもいい。
不安を抱えながら、それでも誰かと笑っていい。
その小さな笑いが、「自分はまだ人生を生きている」という感覚を取り戻すことにつながるかもしれません。
病気を治すことだけではなく、「何のために生きるのか」

病気になると、人生の目的が「病気を治すこと」だけになってしまうことがあります。
もちろん、「治りたい」と願っていいのです。
「元気になりたい」と願っていいのです。
「もう一度、普通の生活をしたい」と願っていいのです。
その願いを諦める必要はありません。
でも、そこからもう一歩先を考えてみてもいいと思います。
「病気が治ったら、私は何をしたいのだろう」
この問いです。
家族と旅行したい人もいるでしょう。
好きな仕事をもう一度したい人もいるでしょう。
誰かに会いたい人もいるでしょう。
音楽を聴きたい人もいるでしょう。
美味しいものを食べたい人もいるでしょう。
ただ朝起きて、何も心配せずに散歩したい人もいるでしょう。
それでいいのです。
病気を治すことは、人生の目的そのものではありません。
病気が治った先に、自分が生きたい人生があるのです。
そして、その未来を思い描くことは、病気の中にいる今の自分にもできます。
それは現実逃避ではありません。
未来を思い描きながら、今日できる治療をする。
身体を休ませる。
必要な運動をする。
医師に相談する。
薬を使う。
食事を見直す。
そして、心にも希望を与える。
「なぜ私は病気になったのだろう」
その答えが、今すぐ分からなくても大丈夫です。
「そのすべてを抱えながら、それでも明日を迎えていいのです。
ノーマン・カズンズさんが私たちに残してくれた大切な問いは、「笑えば病気が治るのか」ということだけではありません。
もっと大きな問いだったのではないでしょうか。
それは、「人間には、病気になったときにも人生を支える力が残されているのではないか」という問いです。
希望・愛情・生きる目的・人とのつながり・ユーモア・そして、もう一度生きてみようと思う気持ち。
それらが身体とどのようにつながっているのかは、まだすべてが分かっているわけではありません。
だからこそ、これからも考えていく価値があります。
それが、病気と向き合う一つの生き方なのではないでしょうか。
私たちが「宇宙の意識」と呼んでいるものの中には、私たちにはまだ理解できないほど大きな生命の流れがあるのかもしれません。
ただ、病気になったあなたが、自分の人生まで諦める必要はないということです。
ノーマン・カズンズさんの人生は、病気と心と身体、そして人間の生きる力について、今も私たちに問いかけ続けているのではないでしょうか。
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まとめ
病気になったとき、「なぜ自分が病気になったのだろう」と考えることは自然なことです。
しかし、その問いを「自分が悪かったから」と考える必要はありません。
病気には医学的な治療が必要ですが、その一方で、病気を経験したからこそ人生について考え直すこともあります。
ノーマン・カズンズさんは、自らの闘病を通して心と身体の関係を考え、「笑い」という力にも目を向けました。
笑えば病気が治るということではありません。
それでも、病気の中でも笑い、希望を持ち、自分がこれから何をしたいのかを考えることはできます。
病気の中に神の意志や宇宙の意識があるのか、その答えは誰にも分かりません。
だからこそ、自分を責めるのではなく、治療を大切にしながら、自分の心にも希望を与えていきたいものです。
病気になったからといって、人生まで諦める必要はありません。
ノーマン・カズンズさんの人生は、病気の中にも「生きる力」と「笑う力」が残されていることを教えてくれているのではないでしょうか。

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